幸せをありがとう。
だんだんと日が短くなり、自然と物思いにふける時間が長くなってくる。
昔を振り返るにはちょうどいい季節になってきたのかもしれない。
金木犀の香りも薄れ、本格的に冬が顔出し始める。
11月の3連休中日は友人の結婚式に行ってきました。
小学校から大学時代まで、本当によく遊び倒した友人の結婚式。
本当にめでたくて、でもあまりにも一緒にいすぎて、結婚するなんていう実感もわかなくて。
不思議な思いで、当日を迎えたけれども、凛とした表情でバージンロードを歩き、新婦を迎える姿は、新たな家庭を作る覚悟に満ち溢れた立派な新郎だった。
いつまでも変わらない友人像と、大きく変化してきた友人像が重なり合って見える。
最高にかっこいい姿だった。
披露宴では昔からの友人もたくさん集まり、懐かしいトークや写真で盛り上がりながら昔を振り返る。
それぞれ、進んでいる道は大きく違うが、同じ学び舎で過ごした仲間たちだ。
ふざけることしかしていなかったあんな奴も、新郎に向かってばっちりとスピーチをこなす。
みんな出会って20年以上の歳月を経てきたが、それぞれがそれぞれの変化をしてきたんだと実感した。
ふざけるときは一致団結してふざけ、しっかり決めるときはカチッと決める。
まるで、学校の教室に戻ったかのような、みんなで文化祭に出ているかのような感覚が僕を包む。
おいしいお酒がそうさせるのか、それとも場の空気なのか。
僕の心はすでに幸せでいっぱいだった。
披露宴は終盤に近付き、恒例の親への手紙、感謝のスピーチ。
ありきたりなメッセージかもしれないが、そこには新郎新婦の人生がのっかっている。
何度も耳にするような手紙でも、涙をこらえながら思いを伝える姿、そしてそれを受け入れるご両親の姿に、じぶんとじぶんの両親を重ねてしまい涙があふれてくる。
ここまで育ててくれた感謝と、与えてくれた愛を次の世代に与えていく覚悟。
そんな思いがスピーチに込められていた。
結婚式はゲストに呼ばれたとき、新郎新婦の幸せを祝福する立場だと思っていたが、
どうやら違ったようだ。
新郎新婦の幸せな姿を見ることで、大いにこちらが幸せになり、親にもっと感謝をしようと思い、じぶんも大切な人を幸せにしたいと強く思うようになる。
祝福するどころか、こちらが未来を祝われているような感覚に包まれたんだ。
新郎新婦をはじめ、多くの友人から「次はお前だな、楽しみにしている」と発破をかけられる。
幸せのリレーのバトンをどうやら渡されたようだ。
精一杯、大切な人を大切にしようと思った瞬間だった。
結婚式を挙げ、そこに呼んでくれた友人には心から感謝をしたい。
幸せには限りがなく、たくさんの人におすそ分けができるのだと証明してくれた。
おめでとうとありがとうの交差する場所。
僕もそんな場所を提供していきたいと思った11月初旬。
これからどんな未来が待っていても、尽きることのない幸せを人に提供できるように、また一歩前に進もうと思ったのだ。